こんにちは、イノベーションセンターの安井です。
この記事では、Open XR Opticsという新しい光伝送技術が実装されたトランシーバーの実機検証結果をご紹介します。
本記事で以下を扱います。
- 1つの光信号を複数に分け、柔軟な帯域保証を可能にする新技術「Open XR Optics」
- 実機を用いた検証により、その基本性能、障害からの復旧挙動、そして実用上の注意点
- 5G基地局やデータセンター間接続など、将来のネットワークを支える技術の展望(可能性と課題)
P2MP技術
光ファイバ通信においてPoint-to-Multipoint(P2MP)とは、1つの局から複数のユーザと同時に通信するトポロジーを指します。 現在の主流方式はパッシブ光ネットワーク(PON)1です。 PONでは光スプリッターを用いて1本の光ファイバ回線を複数ユーザに分岐共有し、単一の局(OLT)から多数のエンドポイント(ONU)2へ通信します。 FTTHやモバイルフロントホール3で広く採用されています。
P2MP方式のメリットは、一本の光ファイバや装置で多数のユーザをまとめて収容できるコスト効率にあります。 通信事業者は機器やファイバ敷設の費用を大幅に削減できます。 一方でデメリットもあり、1波を時間で分割するTDM・TDMA方式4のため、ユーザ毎の帯域は同時アクセス数に左右され帯域保証が難しいです。 また従来型のGPONやXG-PON等5では下りに対し上り速度が遅く、映像配信やビデオ会議など上りを多く使う用途でボトルネックの原因となります。 さらに、TDMA制御による通信遅延およびその揺らぎ(ジッタ)が発生し、リアルタイム性が求められる用途では制約があります。
Open XR Opticsとは
近年、帯域保証型の光伝送方式の1つとしてデジタルコヒーレント方式が普及しています。 光信号の振幅や位相といった波の性質をデジタル信号処理で高度に制御し、従来よりも長距離かつ大容量の通信を可能にした技術です。 主に長距離のバックボーン回線や都市・DC間の大容量通信で広く利用されていますが、Point-to-Point(P2P)接続に限られており、P2MP構成を実現できません。
Open XR Opticsは、1つの光信号をデジタル信号処理によって複数のチャネル(サブキャリア)に分割することで、P2MP構成でも帯域保証型の光伝送を実現します。 各サブキャリアは独立に変調・復調・帯域制御が可能であり、異なる宛先ごとに必要な帯域を柔軟に割り当てて送信できます。 例えば400GbpsのHub側(集約側)トランシーバーからは、25Gbpsのサブキャリアを最大16本生成可能です。 Leaf側(各末端側)には必要な帯域分だけのサブキャリアが割り当てられ、P2MP接続が実現します。
PONとOpen XR Opticsの違いを下表にまとめました。
項目 | パッシブ光ネットワーク(PON) | Open XR Optics |
---|---|---|
通信方式 | TDM/TDMA(時間分割) | DWDM(波長分割) |
帯域 | 共有(ベストエフォート) | 専有(帯域保証) |
遅延 | TDMA制御による遅延・ゆらぎあり | 極めて小さい |
主な用途 | FTTH(一般家庭向け) | 5G基地局、企業拠点間接続 |
コスト | 低コスト | 比較的高コスト |
ここからは、Open XR Opticsの特徴をもう少し具体的に説明します。
- 柔軟な帯域制御と帯域確保: 400Gコヒーレント信号を25G単位のサブキャリアに分割し、必要に応じて1ユーザに複数サブキャリアを割り当てられます。 これにより、各Leaf側ノードへの帯域配分を需要に合わせ調整可能です。また1サブキャリアは専有帯域のため、他ユーザの影響でスループットが低下することはありません。 PONのようにフレーム単位でのTDMA制御が不要なため遅延も極めて小さいです。
- 双方向(Bidirectional: BiDi)伝送対応: 通常のコヒーレントトランシーバーのような2芯伝送だけではなく、1芯の光ファイバで1芯双方向通信(BiDi)を行うことが可能です。 PON等のアクセス系ネットワークではファイバのコストを抑える目的で、往復に別々のファイバを用意せず1芯で下りと上りを異なる波長に分けて同時伝送しています。 同様にXR OpticsでもHub-Leaf間は一本の光ファイバで接続可能で、異なるサブキャリア(波長)を上下に割り当てることでBiDiを実現します。
- 既存光インフラとの親和性: XR OpticsはPONと同様に光スプリッターを用いたP2MPですので、既存のアクセスネットワーク用ファイバをそのまま活かすことができます。 また、XR OpticsはCバンド帯6(波長1530 - 1565 nm)のコヒーレントDWDM技術7ですが、この波長帯は主流方式のGPON等では利用されていないため、既存のPONを使用するファイバにオーバーレイが可能です。 これにより、新規にファイバを引き直すことなく現行PON網に高帯域サービスを追加導入することも検討できます。
ただし、コヒーレントDSP(デジタル信号処理プロセッサー)を搭載したトランシーバは現状ではPON用ONUなどより高価で消費電力も大きく、搭載可能な装置も限られます。 つまり大量の宅内ONUを安価に配布するFTTH用途には不向きであり、むしろ高帯域を要求する5G基地局や企業の拠点間接続、メトロアクセス回線の集約などに適しています。
Open XR Forumのwhite paperでは、主に次のような利用シーンが想定されています。 今後さらに決定的なユースケースが現れることにも期待しています。
- Open RAN8/モバイルxHaul9向け: 基地局〜集約装置間をP2P、あるいは複数局をP2MPで束ねる
- 企業拠点間の専用線サービス
- PONオーバーレイ型専用線サービス: 既設PONファイバにCバンドを重畳し、中小拠点をP2MPで収容
- メトロネットワーク集約: P2MPを柔軟に組み合わせて回線数を削減
次章では、実際にXR Optics機器を用いた検証環境を構築し、そのユースケース適性や動作検証結果を紹介します。
検証
実際に Open XR Optics のQSFP-DDトランシーバーをHub 1個/Leaf 2個(最大 100G x2)使用し、検証を実施しました。 住友電気工業株式会社から Open XR Optics対応スイッチ(FTU9100)や、Infinera社(現在Nokia社の傘下にあります)製のQSFP-DDトランシーバー等を借用しました。 下記写真でサイズ比較すると、同じQSFP-DDの400G OpenZR+ トランシーバーよりもヒートシンク部分が厚いです。
検証構成
- Hub 側: QSFP-DD Open XR Optics(400G)トランシーバー 1個
- Leaf 側: QSFP-DD Open XR Optics(100G)トランシーバー 2個
- スプリッタ: 1:2(50:50)
- イーサネットテスター: 100Gポート x 4 で最大 200G の双方向試験が可能
基本動作の確認
Open XR Opticsのパワーや周波数設定はほぼ自動です。 下記のような仕様になっています。
パワー
- Hub:出力パワー指定が可能
- Leaf:出力パワーは自動制御
- ユーザが明示的に変更する手段はなく、リンクアップ時に自動調整されます
周波数
- Hub:中心周波数を指定可能
- Leaf:Hubの周波数を中心として自動割り当て
- スイッチ側でLeaf毎にCH番号を設定すること、HubとのリンクはLeaf毎に別々となります
- CH番号はHub側の電気レーンとサブキャリアの対応づけを示し、Leaf毎に割り当てるという意味になります
自動調整の完了に要する時間
スイッチ側にHubとLeafとしてのポートを設定した後、リンクアップするまでにパワーと周波数の自動調整にどの程度時間がかかるかを確認しました。 2分岐でリンクアップまで約2分30秒必要でした。 Leaf側トランシーバーは2個のまま、Hub側の設定のみ4分岐にしてみると約4分かかり、分岐数が増えるほど再調整に時間がかかる傾向のようです。 一般的なコヒーレントトランシーバーよりやや遅い印象です。
Hub側のパワーや周波数指定をリンクアップ後に変更する場合、再自動調整のため約2分30秒待つ必要があります。
障害復旧の挙動
Leaf側で物理的な障害が発生した際の動作を確認しました。 ケーブルを抜去し戻した場合、リンクの復旧には30秒要しました。
トランシーバー自体を抜去し戻した場合、自動調整のため約2分30秒かかりました。 いずれも当該LeafのみリンクダウンするためHubや他Leafの通信に影響は及ぼしませんが、やはり再調整を伴う場合は一般的なコヒーレントトランシーバーより復旧が遅くなります。
CH番号を衝突させた場合の動作
leaf側で設定するCH番号はLeaf毎に別々に設定する必要がありますが、故意に設定を重複させた場合の動作を確認しました。 CH番号を故意に重複させると、先に確立しているLeaf(Leaf1とする)はリンクアップしたままですが、後から設定したLeaf(Leaf2とする)はリンクアップしませんでした。 この状態を維持したままLeaf1をリンクダウンさせた場合、Leaf2が元々Leaf1で使用していたCH番号でリンクアップしました。 このことから、CH番号を重複させることで障害や誤設定を契機にリンクの乗っ取りが可能です。
ROADM を途中に入れた場合の干渉
実際のNW応用を想定し、OpenXR OpticsをROADM経由で接続した場合、自動調整機能がROADMと干渉しないかを確認しました。 ROADM区間は実際にデータセンター間の通信で利用している区間(約6km/4.4dB)を使用しました。
Hub側の送信光パワーは手動指定で常時一定のため、問題なくLeafまで到達できます。
Leaf側の自動調整は特に問題なく、ROADMのパワー自動調整機能との干渉は発生せず無事リンクアップしました。 今回は問題ありませんでしたが、ROADMの機種によってはROADMの受光可能範囲が狭めに制限されているため、OpenXR Opticsの自動調整されたパワーが合わずROADMのリンクに悪影響を及ぼす恐れがあります。
今後の展望
検証を通して、OpenXR OpticsがコヒーレントDWDM技術を用いてP2MPを実現したことを確認できました。
Open XR Opticsを実用レベルの運用に適用するは以下のような課題が考えられます。
1. 省電力・小型化
Leaf側でも消費電力や発熱が大きく、QSFP-DDのフォームファクターであるため搭載できる機器は限られます。 より小型・低価格になればアクセス系に適用しやすくなります。
2. マネジメント・セキュリティ機能
ユーザ毎の運用監視のためにサブキャリア単位での状況把握機能と、ユーザ毎のセキュリティを担保する機能が必要です。 今回の検証では未実装でしたが、サブキャリア毎の管理機能を含むマネジメント機能はOpen XR Optics Forumで検討中です。
3. 復旧時間短縮
分岐数が増えた際の再調整時間を数秒レベルに抑えられるかは、適用できるサービスレベルを左右します。
とはいえ概ね動作に問題はなく、多拠点を効率的に収容できる新たな光伝送方式として今後期待できます。
本記事が、Open XR Optics による P2MP 伝送や光伝送技術への理解の参考になれば幸いです。 今後も検証や標準化動向を追いかけ、最新情報を共有していきます。
- 光スプリッターという電源不要の受動素子で光ファイバを分岐し、一本の光ファイバを複数ユーザ間で共有するネットワーク方式。主に一般家庭向けのFTTHサービスで使用される。↩
- OLT(Optical Line Terminal)はPONで通信事業者の収容局に設置される装置。複数のONUと通信し、ユーザ側へのデータ送受信を管理する。ONU(Optical Network Unit)はユーザ宅や拠点側に設置される装置。OLTと通信し、光信号を電気信号に変換してネットワーク接続を提供する。↩
- 携帯電話基地局内の無線装置であるRU(Remote Unit)と基地局制御装置であるDU(Distributed Unit)を接続する区間。DUは複数のRUと接続し、通信を集約する役割を持つ。↩
- 時間軸で複数ユーザーの通信を順番に切り替え、一本の回線を共有する通信方式。↩
- GPONは下り最大2.5Gbps、上り最大1.25Gbpsの速度を提供するPONの一種。XG-PONはGPONの後継規格で、下り最大10Gbps、上り最大2.5Gbpsまで速度向上した規格。↩
- 光通信で一般的に使用される波長帯域(1530〜1565 nm)。伝送損失が最も低い波長であり、長距離・大容量通信で広く用いられる。↩
- DWDM(Dense Wavelength Division Multiplexing)異なる波長の光信号を一本の光ファイバ上で同時に高密度多重化し、伝送容量を大幅に向上させる技術。↩
- 携帯電話基地局の無線アクセスネットワークをオープンな規格で構築する取り組み。さまざまなベンダー製品が混在可能で、ベンダーロックインを防ぐ目的がある。↩
- モバイルネットワークにおけるフロントホール、ミッドホール、バックホールを総称した用語。フロントホールはRUとDU間、ミッドホールはDUとCU(Central Unit)間、バックホールはCUとコアネットワーク間の通信を表す。↩