はじめに
みなさん、こんにちは。イノベーションセンター IOWN推進室の工藤です。
IOWN推進室では、IOWN APNを体験できる基盤の整備を進めており、その構築や運用などを担当しています。
先日開催されたInterop Tokyo 2025(会場:幕張メッセ、会期:2025年6月11日〜13日)のNTT ドコモビジネスのブースでは、IOWNを利用した「ハイブリッドトラベル」をはじめとする未来の体験を展示し、多くの方にお立ち寄りいただきました。(ブースの展示内容についてはこちらのニュースリリースをご覧ください)
一方で、ブースでの展示とは別に、イベント全体の通信を支える大規模な実証実験ネットワーク「ShowNet」へIOWN APN技術を提供しておりました。
ShowNetでは、全国の放送局から送られる映像をIOWN APN経由で伝送するといった先進的な取り組みも行われました。この映像伝送のアーキテクチャについては、別チームがこちらの記事で詳しく解説しています。
本記事では、その映像伝送をはじめとする数々の先進的な試みを根底から支えた「IOWN APN」そのものに焦点を当てます。
1.2Tbpsの大容量・低遅延・低ジッタの特徴を活かした多様なユースケースや、設計構築する上でのポイントやトラブル対応をご紹介します。
ShowNetとは
ShowNetとは、Interopの会期中だけ出現する、巨大な実証実験ネットワークです。ボランティアで集ったトップエンジニア達が、各社から提供された最新機器を相互接続し、実際に稼働させることで、この巨大なライブネットワークを構築・運用しています。
IOWN APNの提供概要
NTTドコモビジネスは今年、ShowNetの「External」と呼ばれる外部接続部分に「大容量・低遅延・低ジッタ」という特徴を持つIOWN APNを合計7波長(1.2Tbps)提供しました。
(ShowNet エクスターナル図 (PDF))
IOWN APNを構成するネットワーク
今年のIOWN APNは、都内にハブ拠点を設けて、東は千葉のビルを経由し幕張メッセへ、西は大阪のビルへと接続する広大なネットワークを構築しました。さらに各拠点から、五反田、お台場、QUINTBRIDGEなど、デモやサービス提供に必要な拠点へと延伸しています。
この構成における主要区間の実測遅延値は、東京–大阪間で片道4.2ms、東京–幕張メッセ間で片道0.3msでした。
また、このネットワークでは、NTTドコモビジネスの商用サービス「APN専用線プラン powered by IOWN」を、「東京–大阪間の接続」と「千葉のビルにおけるOCNとの直接接続回線」で実際に活用しています。
- APN-T (Open APN Transceiver): 波長パスの終端点で、波長の送受信を行うインターフェイスを表す。
- APN-G (Open APN Gateway): APN-Tの光を伝送網へ導入するためのゲートウェイ。APN-Tの制御、APN-Tの信号の多重/分離・折り返し・add/dropなどの機能を有する。
- APN-I (Open APN Interchange): 光パスの途中で波長スイッチングのための中継装置。増幅なども行う。
- DWDM (Dense Wavelength Division Multiplexing, 高密度波長分割多重) 区間: APN-GやAPN-Iといった装置間を接続し、1本の光ファイバーで複数の異なる波長の光を同時に送受信する伝送路。
なお、APN-T、APN-G、APN-Iに関して詳しくは以下をご参照ください。
参照先:IOWN Global Forumにおけるオープンオールフォトニクス・ネットワークの検討
多様なユースケースでの活用
提供したIOWN APNは、以下のような多様なユースケースで活用されました。
Media over IP
東京と大阪の放送局が映像・音声リソースをIP網で共有し合う「ShowNet Media-X」という、放送業界の未来に向けた試みが実施されました。IOWN APNは、東京と大阪の合計3つの放送局の各スタジオから幕張メッセまでを結ぶ高品質な長距離伝送路を提供し、この壮大なリモートプロダクションの実現に貢献しました。
(ShowNet Media over IP特別企画より引用)
大手IX・学術ネットワークとの接続
ShowNetにおいてさまざまな実証実験を行うために、ShowNetを日本のインターネット基盤そのものと接続する必要がありました。IOWN APNは、このShowNetの生命線ともいえる接続路として、複数のIX (Internet eXchange) と接続し、安定した通信を提供しました。
サービスの安定基盤としての活用
ShowNetでは、NTTドコモビジネスが商用提供する主要サービスの通信基盤としてもIOWN APNを活用しました。 例えば、企業のクラウド接続を担う「Flexible InterConnect」、リアルタイム性が求められる音声コミュニケーションを支える「docomo business RINK」、そして社会インフラであるインターネット接続サービス「OCN」など、特性の異なる複数のサービスの通信をIOWN APN上で同時に提供しました。これにより、IOWN APNが、多様な要件を持つサービスを安定して支えられることを実証しました。
ブースでの活用
IOWN APNは、NTTドコモビジネスのブース展示にも活用しました。大阪・お台場・五反田といった遠隔拠点と幕張メッセをAPNにて結ぶことでデモンストレーションを実現しました。
設計構築のポイントやトラブル対応
設計構築上でのポイント
ポイント①:光の特性を考慮した波長設計
光ファイバーには種類があり、種類によって特性が異なります。例えば、日本で従来から長距離光伝送で多く使われているDSFという光ファイバーは、1550nm付近の波長で分散がゼロになる特性があります。今回は、四光波混合といった非線形効果の影響を減らすため、この波長帯を避けるといった考慮も行いました。
その他、いくつか設計にあたり検討すべきポイントがあります。OSNR(光信号対雑音比)を事前に測定して通信速度と変調方式を適切な設定にすることや、適切なグリッド幅に設定することなどが挙げられます。
ポイント②: ROADMの操作性
APN-I/GにあたるROADM装置はOpenROADMという標準規格に準拠したAPIへ対応しはじめていますが、現時点では多くの場合ベンダー固有のコントローラからの操作が前提となります。今回もベンダー製のコントローラを用いて、APN装置を操作し、各拠点間の光パスを設定しました。
ポイント③:ファイバー接続前の光の確認
伝送装置の接続においても、通常の光ファイバーを用いるケースと同様に、2芯の光ファイバーの送信と受信を対向拠点の機器同士で確認することが重要となります。今回は事前に片側を接続し、パワーメータなどで光レベルを確認した上で接続しました。
また、光は弱すぎても届きませんが、逆に強すぎても受信側の装置が故障したり、通信が不安定になったりします。実測値が想定より強い場合は、アッテネータ(減衰器)を入れて適切な光量に調整します。
トラブルシューティング事例
InteropへのIOWN APN提供は今年で3年目になり、今回はついに設定関連のトラブル"ゼロ"を達成しました。
しかし、物理的な障害は決してゼロにはなりません。実際に発生した、代表的な2つの事例をご紹介します。
事例①:原因不明のCRCエラー
特定の接続先から「CRCエラーが散発的に発生する」という申告がありました。100G-LR4にて接続していましたが、IOWN APNのクライアントとして低遅延を追求するため、意図的にFEC (Forward Error Correction、前方誤り訂正) をoffの状態で運用していました。設定上は問題が見当たらなかったため、光コネクタの微細な汚れの可能性を疑い、改めて関連する接続箇所を全て専用クリーナーで再清掃しました。汚れによる僅かな信号品質(BER)の劣化が原因と推測され、物理層の丁寧なクリーニングが重要であることを再認識する事例となりました。
事例②:Hotstage期間中にOpticsが故障
本番稼働前の準備期間であるHotstage期間中に、APN-Tに搭載していたCFP2-DCOというOptics(光送受信モジュール)が故障する事態が発生しました。運悪く担当者が現地にいないタイミングだったため、予備物品を持って幕張メッセまで駆けつけて交換対応することで、ShowNetの会期に影響を与えることなく乗り切りました。
まとめ
今年のInterop Tokyo 2025において、IOWN APNはShowNetの外部接続回線として、合計7波長・1.2Tbpsを提供し、多様なユースケースを安定的に支えました。
放送局間の映像伝送(Media over IP)、主要IXや学術ネットワークとの接続、さらにはNTTドコモビジネスの商用サービスやブースの遠隔デモまで、「大容量・低遅延・低ジッタ」という特性を活かした幅広い活用が実現されています。「APN専用線プラン」といった商用サービスが出ていることも含めて、IOWN APNがコンセプトの段階を越え、お客さまへ提供できる実用的な技術であることを証明する重要な機会となりました。