13年目の1年生――あれほど避けていたマネージャーになるまで

この記事は、NTT docomo Business Advent Calendar 2025 1日目の記事です。

こんにちは、デジタル改革推進部の小林です。NTT docomo Business Engineers' Blogと改題してからは初の、アドベントカレンダーが始まりました。その1日目の記事です。

私は4月から現職のデジタル改革推進部に所属し、社内認証サービスのプロダクトオーナーをやっています。このサービスにより、NTTドコモビジネスの社員はPCや各種社内システムをひとつのIDでシームレスに利用できます。現在は私のほかメンバー4人と協力会社の体制で運営しています。

私は新卒で入社して以来働いてきたこの会社で、13年目にして初めてラインマネジメントに取り組むことになりました。入りたての頃はマネージャーなんてなりたくないと思っていたところだったのに、いまとなってはこれをそれなりに納得して受け入れている自分がいます。この記事では、これまでのキャリアでターニングポイントになったところを振り返りながら、単なるエンジニアからマネージャーになるキャリアチェンジをどう受容していったか、その経緯をまとめます。JTCのエンジニアが10年ちょいで歩んだキャリアの一例として、お読みいただければと思います。

マネージャーなんて!

私は2013年に当時のNTT Comに入社し、最初は大企業向けの統合コミュニケーションサービス (Arcstar UCaaS) のエンジニアとしてキャリアを始めました。昨今であればZoom, Microsoft Teams, Google Workspaceがこのあたりの地位を占めています。

当時は、学生の頃にはまさか触ることのなかった巨大なコアルーターや仮想化基盤を操作したり、電話やインスタントメッセージングの交換設定を書いたり、果てはアメリカの電話事業者とトラブルシューティングをしたりと、多岐にわたる領域で数々の刺激的な経験をしてきました。その当時は手を動かしていることが楽しく、相対的にマネジメントの仕事が自分とは遠いところの出来事に見えており、マネージャー層の表層的な仕事だけ見て「ああはなりたくない」と思っていたところがあったように思います。

異動と価値観の変化

時は流れて2017年の冬、当時の技術開発部セキュリティテクニカルユニットに異動しました。自分が着任したチームはWebセキュリティ実装の高度化をテーマにしており、セキュリティ系の知見がほとんどなかった自分にとってはそれまでのスキル・ケイパビリティを生かすのが急に困難になりました。できていた仕事が急にできなくなり、このままではいけないがどう動けばいいかも分からないような難しい時期を1年間くらい過ごしました。

また、同じユニットには、新卒入社ながら一芸に秀でた人がたくさんいました。コードを書くにしろセキュリティインテリジェンスの分析をするにしろ、自分よりもずいぶん年下なのにとにかく手が動くさまをまざまざと見せつけられたわけです。

そのような中でも自分にできる仕事がひとつありました。会社のコンテキストを部内に展開することです。技術開発部は研究開発部門であることもあり、新卒で配属されてからずっとここにいるとか、10年以上異動がないといった人が多い組織でした。私のように事業部から異動してくる方がまれで、事業部側で起きていることや動きの背景にある状況、事業部が影響を受けているルールなどは私の方がよく知っている状況でした。

幹部会議からのフィードバックに背景情報を注釈としてつけたり、社内手続きに不明な点があるとSlack上に流れてきたヘルプに率先して返事をしたり、そういったことに取り組むうちに自身の存在も認知してもらった気がしています。こうした経験を通じて、自分より手が動く人がたくさんいるのだから、そういう人らと競る仕事をするよりも、その人らがもっと素早く動ける環境を作る方が向いているのでは?との思いがどんどん強くなっていきました。

最終的に、技術開発部がイノベーションセンター (IC) に改組された2020年には、ICのバックオフィスに自ら志願して異動し、その思いを叶えることになります。

バックオフィスでの異動、奔走、停滞

ICのバックオフィスにおいては、

  • コロナ禍に突入して、出社しなくても済む業務プロセスを考案・実装したり、
  • 新たに使いたいSaaSがあるとの相談に耳を傾けて社内ルールになじむ形に仕立てたり、
  • 無人飛行機の登録が義務化される話を聞きつけ、協働して必要な登録を済ませたり、
  • 全社的な調査事項を所内に必要な形にまとめ直して所員の手間をできる限り減らしたり、
  • ICのValueを策定する取り組みに参加して最終的な成果を所員全員の前で発表したり、
  • 所内ポータルサイトの動線を再設計して情報へのアクセスを容易にしたり、

などなど多岐にわたる仕事に取り組みました。社会人学生として大学院に通学していたのもこの時期です。このあたりから対外的にはコーポレートエンジニアを名乗っていました。

自分の価値観にもアップデートがあり、先に挙げた「素早く動ける環境作り」から進化して「フロントの手を爆速にすることは、最終的にお客さまや社会に対する奉仕になる」「ひとりよりも群れた方が、なせることが増える」といった信条を抱えるようになりました。

ただこうした環境で5年も働いているうち、毎日の仕事を「手なり」でやってしまえるようになり、それに違和感を覚えるようになっていました。コンフォートゾーンに入っているとはこういう状況を言うのでは、との思いがどんどん強くなっていきました。

ITや情報セキュリティの強みを生かしたいと思う中で、自分が取りうる道はいくつもあれど、最終的に次のどちらかだろうと考えました。

  • 会社のIT系バックオフィスに異動し、サービスする相手のスコープを広くする(量の観点)
  • グループ会社に異動し、グループ会社のIT・情報セキュリティについて深く支援する(質の観点)

最初の異動ではあまりにもキャリアに連続性がなく辛い思いをしたところから、自分のスキル・ケイパビリティが活かせる領域で社会に役立ちたいと考え詰めた結果、これらが残りました。こうした話を上長や人事担当と面談してインプットし続けた結果、現所属の社内認証サービス担当に異動することになります。

さらなる異動とマネージャーキャリアの始まり

赴任したチームは15人以上もいるような大所帯で、社内認証サービスを担当しているのはこのうち5人でした(当時)。その5人のメンバーと働くにあたって最初はどのような立場でコミットするかを考えあぐねていましたが、話を聞くにつれ前任者がテックリードとして振る舞っていたことがわかり、自分も作業者の一人としてではなくリードする立場にならねばと腹を決めました。こうして、ラインマネージャー、プロダクトオーナーとしてのキャリアを始めることになりました。

実際フタを開けてみると、2カ月間に中心的メンバーの異動が2回立て続けに起こったことで、日常業務は淡々とこなしつつも(すごいことです)チームに混乱があるように見受けられました。ここから半年かけてチームビルディングに奔走することになるのですが、その話はまた別の機会にすることといたしましょう。

終わりに

自分の10年あまりのキャリアを、簡単ですが振り返ってきました。大学の同級生が30歳そこそこで肩書付き・部下持ちになっているのに妙に焦ったのもいまとなっては昔のことで、自分ができることで貢献すればいいのだと捉えられるようになってからは、ゆったりと構えています。日頃こなすべき業務・解くべき課題はよりどりみどりで、毎日飽きずに取り組めています。

これからのことはまたどこかで振り返るつもりです。来年のアドベントカレンダーでも、今度はチームマネジメントの話を何か書けたらいいなと思っています。


お読みいただきありがとうございました。明日の記事はKumassyが担当します。明日もお楽しみに!